わが国の排水基準項目にある「大腸菌群数」が、令和7年4月から「大腸菌数」に改定されます。
どちらの項目も、ふん便による水質汚染を知るための指標ですが、いったい何が違うのでしょうか。
生物としての分類
大腸菌は、哺乳動物のふん便のみに存在するEscherichia coliという細菌の一種を指します。人にとって有害な菌株もあり、病原性大腸菌O-157はニュースなどでよく耳にします。
一方の大腸菌群は、分類学上のグループではありません。衛生上の用語として定義された「乳糖を分解し、酸とガスを発生するグラム陰性、好気性・通性嫌気性で芽胞を形成しない桿菌」の総称です。大腸菌群には、E. coliの他に、土壌や水中にも生息するふん便性の細菌、さらには非ふん便性の細菌も含まれます。さらには、E. coliであっても大腸菌群の定義に該当しない菌株も存在します。
【引用】(環境省)令和5年度 大腸菌群数の排水基準の見直しに係る検討会(令和5年8月28日)
資料4「大腸菌群数の排水基準の見直しに係る検討」より抜粋
なぜ大腸菌を調べるのか
大腸菌自体は健康な人の腸内に普通に存在し、一部の病原性の菌株を除いて、無害な共生菌です。検査のために大腸菌を培養しても怖くはありません。では、なぜ大腸菌を調べるのかというと、有害な細菌と似たように振る舞うからです。
例えば、大腸菌と同じグラム陰性菌で、哺乳動物の腸内にいるサルモネラや、病原性大腸菌などは、大腸菌と一緒に存在している可能性が高いです。大腸菌の存在する水は、ふん便性の有害な細菌による汚染が疑われます。
培地の成分の違い
大腸菌のみを迅速に培養できる方法がなかったことから、大腸菌群数は、必ずしもふん便との関連を示さないものの、国内外で広く食品や水質の基準値として用いられてきました。そして、迅速な大腸菌の培養方法が確立されたことで、各種の基準が大腸菌群から大腸菌へ改定が進んでいます。
排水基準と比較するための検査方法は、「下水の水質の検定方法等に関する省令(昭和三十七年厚生省・建設省令第一号)」で定められ、令和7年4月から「大腸菌数」の方法に改定されます。
大腸菌群数も大腸菌数も、寒天培地に生育したコロニーの個数を数え、その濃度を基準と比較することに変わりはありません。一番大きな変更点は培地の種類です。
培地を読む
培地の種類が変わると、生育する微生物も変わります。微生物を検査するための培地は、主に二つの役割の成分を持っています。
・選択:調べたい微生物以外の微生物の増殖を阻害する
・標識:調べたい微生物のみが持つ特徴を視認できるようにする
大腸菌群数の場合、乳糖を分解して酸を産生する菌(≒大腸菌群の定義)のコロニーは赤く標識されます。
大腸菌の場合、培地の酵素基質と反応して青みを帯びる酵素(≒大腸菌のみが保有・産生)を持つ菌のコロニーは青く標識されます。
生き物としての大腸菌
培地を読み解くと、細菌の性質を巧みに利用し、検査方法の工夫を重ねてきた先人たちの知恵に畏敬の念を感じます。
大腸菌群が乳糖を分解する性質が利用されていますが、哺乳動物から栄養を得る共生関係を物語っていて興味深いです。シャーレに生育したコロニーから、細菌の多様性の奥深さや、他の生物と歩んできた進化の歴史を想像すると楽しいですね。